負債論を読んでみた4 〜8章・11章〜 枢軸時代・中世についての考察

負債論を読んでみた4 〜8章・11章〜 枢軸時代・中世についての考察

この分厚い本もあと三分の一ほどになってきました。

どんどん読んでいきます。

ここから負債の具体的な歴史に入っていきます。8章は非常に短い章ですが、めちゃくちゃ大事なことが書いてあります。

8章

これまで見てきたようにお金には地金(貴金属)と信用の二種類がある。そして時代によってどちらの貨幣が優勢なのかには差異がある。

しかし重要なのは「平和な時代には信用貨幣が中心となり、暴力が渦巻く時代には地金が優勢になる。」という原則である。ものとしての利便性は信用貨幣の方が便利だが、戦国時代のように暴力が横行していたり、見知らぬ第三者とのやりとりが多くなると地金の方が便利になる。

今後の章では地金と信用貨幣の時代で歴史を分けて行きます。

まずは貨幣が出てきた紀元前数千年の一番最初の時代。ここではメソポタミアの粘土板のように信用貨幣によるやりとりが中心であった。中国でも銭貨が用いられるが基本は隣人同士の信用によるやりとりで済ませていた。多くの地域で有利子負債が生まれ、メソポタミアでは徳政令も出るようになる。(この地域では政府による貸付が税制を補っていた)最も特異なのはエジプトであり、豊かな土地と強力な王権の存在によりわざわざ資金を貸し出す必要性がなく(必要なときは隣人同士の相互扶助でやりとりしていた)、有利子負債自体が存在せず、借りたお金を返さないことはモラルではなく実際の犯罪として扱われていた。とにかくこの時代は信用貨幣が中心的であった。

 

第9章

ここでは哲学者のヤスパースが「枢軸時代」と名付けた、ユダヤ・キリスト・仏教・儒教・イスラム教など主要思想が出てきた時代(紀元前800〜紀元後600)を取り上げる。この時代は巨大帝国が現れ始める時代であり、このころの貨幣は貴金属が中心になった。この理由として、これまで金持ちが持っていた金銀が戦争とそれに伴う略奪によって一般にも流通し始めたのだ。(特に軍隊の維持のために給金がわりに略奪を許すのが基本だった)そしてこれらの貴金属を国家は征服戦争のための軍隊の維持や統一的な税制の確立、そして何より統一的な市場を作り上げるためにそれを統一的な貨幣として鋳造した。

そうしてこの時代は銭貨の発展、かつてないほどの軍事力、そして人類史に足跡を残す思想の数々のにはどんな関連性があるのか。

まずこの時代は一般民衆にも読み書き計算能力が発展した。それが思想の発展を促したことはいうまでもない。戦時下での取引、戦利品の売買などではこれまでと異なり、見知らぬ者同士での一回きりの取引であった。ここではお互いの信用ベースでは取引されない。すなわち”現金”での取引が行われるのだ。すると、それまでの人間経済的な考え方ではなく、「人間は利潤のみを追求する」という原理が働くようになり、騙されないような読み書き計算の能力が大事になる。同時にこれまで測定計算が不可能とされていた人間関係や人間そのものを利潤ベースで捉えるようになっていった。国レベルでも、征服するための軍隊が必要→貨幣が必要→鉱山労働者としての奴隷が必要→軍隊が必要の正のフィードバックが働き、それが強力に利潤追求を後押ししている構造となっている。

この時代の思想の特徴として神や精神などを実体として捉えて考察するといった唯物論的な思考が見られる。このことは鋳造貨幣の登場と無関係ではない。鋳造貨幣そのものが実体を持ちながらも実体以上の価値を持つものだからだ。そして人間的なものを数学に落とし込んでしまう力も貨幣は持っているからだ。

また、貪欲さや新たに現れた利潤至上主義の非人格的な市場へのカウンターパートとしてのモラル・倫理を規定したりする思想(仏教や儒教)が現れ、これらは物質的な富に対する考え方や慈愛(チャリティ)の重要性を定める動きが活発化した。

まとめると、枢軸時代(紀元前800〜紀元後600)頃では、戦争の活発化とそれに伴う鋳造貨幣の登場が、人間の行動原理を利潤に限定する非人格的な市場を生み出し、唯物論的な思想を発展させるとともに人々の教育水準を上昇させた。行き過ぎた利潤至上主義や戦争に対するカウンターパートとしての思想を生み出す動きが活発化したのだ。

第10章

ここでは中世(600~1450年)について取り上げる。中世というと暗く貧しい時代を想像しがちだ。確かに庶民の文字認識能力は特に西洋ではかなり低かったし巨大な帝国があったわけでもない。ただ、この時代は銭貨が消え「信用貨幣の時代」すなわち平和な時代であったのだ。また巨大な軍隊がないことなどから税は古代よりも軽く、大衆にとっては住みやすい時代だった。ここではいくつかの地域に分けて考察している。

インドでは巨大な王国は消え、仏教に帰依する様々な王国が乱立する一方で、権力と無縁になった大衆は村落共同体を形成しバラモン教が固定的なヒエラルキー的な村落制度を作り上げていった(これがカースト制)。村落では村落内での需給が成り立っており(職業は固定されているため)集団内の信用で成り立っていた。ただ、カースト制はそもそも宇宙的に見た人間の平等性を基盤に作り上げられた階層性なので、純粋な不平等に立脚する奴隷制に比べ、上位のものに対する不満がたまりやすかった。

中国ではインドと異なり、効率的な官僚制の構築により比較的中央集権的な国家が残っていた数少ない地域であった。その中で、周辺の遊牧民を当ざけながら反乱の火種となる地方の農民を、農業の振興や科挙制度、減税や儒教思想、商人の統制によって抑えていた。特に商人は輸送による収益以外の利益を得ることが禁じられており、農民の生活を乱し不満を高める高利貸しは特に禁じられた。そのため、枢軸時代の「交換の論理」を展開し、ブッダによる救済までの寄進を迫る仏教に対して強い弾圧を行なっている。一方貨幣は他地域とは異なり青銅貨幣が流通していたものの、割符(二つに割った木の棒など)といった信用貨幣が用いられた。また宋の時代には飛銭や為替といった紙幣になりうるものまで流通し、この時代がもっとも商業が盛んな時代であった。

イスラム圏でも信用貨幣が中心的であった.しかし,イスラム教では利子を取ることが規制されていた.しかし一部の信用貸しについては現金買いに比べたときに利潤を得ることなど商業を発展させるためのインセンティブとして容認されていた.さらには有利子負債よりも,資金を用意する側とその資金を元手に事業を行う側で利益を折半する形が好まれたことである.これは評判が決定的である究極的な信用貸しの一種であった.そういった商業的な観点から,勇気を持って外の背s会の飛び出す行商人は,他人を傷つけずリスクを恐れない理想的な人間像とされた.

一方で西洋(極西)でも似たような考え方があった.西洋は非常に中世が遅れており,かつ原理主義的なかなり非寛容な世界観であった.(よって中世を非常に遅れた世界とするのは非常に西洋という特殊世界に偏った見方であるとできる)特にユダヤ人を「例外」として扱いキリスト教徒に禁止されていた有利子負債を許して高利貸しをさせながら,いざとなった時に法の例外に置くことで,キリスト教社会に置いて搾取可能な存在にしたことは特筆すべきことである.また,中世の騎士物語のほとんどのモデルがチンピラ上がりの騎士ではなく,実際にはリスクを恐れず冒険するもの=商人であることもこの時代の商業を見る上で重要なことである.

まとめると中世とは一部(不寛容な極西)をのぞいて寛容であり,何より枢軸時代に比べて抽象化した時代であった.それは認識論や哲学の領域であってもそうであった.(貨幣価値に関していえば哲学分野では枢軸時代の”貴金属はそれ自体に価値がある”という地金ち主義から”我々がこれに価値がないと思えば価値がないのだ”というアリストテレス的な観点が主流になった) よって貨幣では割符などよりお互いの信用で成立しているものが流通しており,人間の思考の根底にも信用貨幣が根付いていたことが挙げられる.中世最後になると「法人」というまるで天使(人間を超越した存在でありながら人間として振る舞うもの)が現れる.こうした「法人」が独自に資産をもち,資産を募集して海外に出た時新しい時代,すなわち極限的な資本主義の時代が始まった.

 

第11章

人からこの本を借りており,二週間で読みかつブログを書かないといけないという制約上,この章はめっちゃ端折ります.ご了承ください.この本めっちゃ高いんで…(最終章の12章を詳しくやりたいんです!!)

この章は大航海時代以降の加速する資本主義経済について述べている.

この時代はまず,中国の地金の需要増が挙げられる.明政権の時代において中国は発展の一途を辿るとともに地金の需要が政府・民間ともに増大した.そこに目をつけたのが南米を支配した西洋である.西洋は陶磁器などと交換に大量の銀を輸出した.そのため,ヨーロッパにはほとんど銀が流入しなかった.なのにも関わらず,大きなインフレ,すなわち価格革命が起きた.南米では異常なまでの搾取が起きた.これは南米のインディオたちを単に搾取の対象として見ていたわけではなく,この搾取する白人のプランターなどは不当な借金を背負っていた.他の経済にも見られることだが,こういった不当と感じられる借金は周りを侵食する,すなわち,モラルを全て投げ捨てて周りの全て(かわいそうなインディオたち)を金銭にしないと気が済まない精神状態に追いやったのである.そして軍事費に喘ぐ政府はこうした銀を元手に大量の証券を発行する(元手とはいえ,これは中国に消えていくのだが)この証券が大量に流通することでインフレが発生したのである.

一方で16世紀の「市場」は非常に互助的であった.すなわち足りないものを信用を用いて補充する,といった具合であり,貨幣(鋳造貨幣)は国家に対する納税などのみで使われるようになった.しかし時がへるについて,国家的な見方が主流になりクレジットの考え方など負債的な考え方は犯罪的とされるようになった.これらは徐々に支配的となって人々を支配するようになる.同時に貨幣の価値の本質は金銀の内在的価値に求められるようになり,この時期盛んになっていた「信用で貨幣をうむ行い(16世紀価格革命の本質はスペインなどの大量の債権発行とその貨幣化にある)」は度重なるバブルや恐慌の中で無から有を生み出す魔術的行為として忌避されるものという,中世では考えられない唯物論的な見方が生まれるようになる.その背景には中世では不徳とされた貪欲がこの時代には法的に認められるようになり,このような債券発行が市場システムにおける第一の厄介ごととして捉えられるようになったのだ.

ホッブスはこのような貪欲について「市場を成立しうるのはその貪欲を抑制できる絶対主義国家が存在するときのみだ」としているが,現在の資本主義市場はそもそも国家の資金調達の手段であり,それゆえ国家が第一の利害関係者になっている.このことが資本主義市場におけるモラルを解決不可能な問題にしている(リーマンショック然り)

結局のところ資本主義とはなんなのか.これは信用と負債によって労働力を汲み出し,全世界的に周りのものを利益の対象としてみることを強制するものである.ここで興味深いのはそれがモラルの衝動(不当な負債に対する怒りから周りを利益の対象としてみる行為)を利用することによって際限なく肉体的労働の抽出を可能にする点である.

近代の奴隷制において過剰なプランテーションの搾取を行っていた場合,負債まみれになって喘いでいるのは奴隷ではなく使用者側なのだ.また,現代の賃労働者と奴隷制には多くの共通点が見つかる.例えば賃金は現金で支払うべきだ,とする考え方だ.これは相手の信用ではなく「命令を理解して処理する能力」のみを求められているからだ.また資本主義社会では親方になれた中世と異なり労働者はずっと労働者でいつまでたっても独り立ちできないのである.(イギリスでは産業革命以後,歳を取っても独り立ちできないために返って早婚化が進んだ.)

本質的に資本主義社会では自由な労働など存在していないのだ.(この論点のさらなる補強点に関しては本書を読んでいただきたい)しかし問題はそれだけではなく,社会の進歩を資本主義によるものとして捉えるなど,そのシステム自体を崇める傾向にあることだ.現代の資本主義が現代の発展の全てを支えたわけではないし,このシステム内で資本家と同等に賃労働者が保護される社会システムはもはや不可能であるのだ.